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過労死等防止シンポジウム

2016年3月28日。

筋力、特に背筋の回復に遅れを感じます。少々きつくても、筋力を回復させたいと思います。先日の近所の剣道場での稽古で、小中学生に踏み込みの練習を重点的にやらせました。腰が入ってなかったので、腰を入れた踏み込みをやって見てから一緒にやりましが、筋肉量が十分でない中学生には辛いようでした。実は、私も昨晩から少し・・・。先日図書館へ調べものの続きをやりに行った時に、階段で二階へ上がれたことを考えると、それのできなかった昨年の12月のときよりは状態はいいのかもしれません。

先日、過労死等防止シンポジウムというのがあり、聞いて来ました。

夫を過労死過労自殺でなくした方からの話に、涙を流しておられる聴衆がおられました。話している方も涙を流しながらでした。私は、過労死しかけ、奇跡的に一命を取り留めた稀有なケースの者です。その立場からは、過労死過労自殺の遺族からのお涙頂戴話を前面に出し過ぎの感を抱きました。

私はうつ病には至っていません(適応障害の診断名でした)。しかし、希死念慮は歴然とありました。自殺企画はしませんでした。家族に心配を掛けまいと希死念慮は隠しました。遺族からの話では、家族に心配を掛けまいとする「過労死しかけ」の方のいじらしい心が見えてきません。希死念慮と「死の予感」は、明確に区別できるものでないので、心配を掛けまいとして隠したのは後者なのかも知れません。愚痴の形の”社会”への不満のようなもの、あるいは組織(私の場合は大学の学科)や特定の人への怒りは口にしていました。例えば、「死の予感」を隠すために「怒り」を口にしている、という行動のから、いかに死の危険を読み取るか、というようなノウハウを教えてやって欲しい。

さて、過労死等防止法ですが、過労死は原因が脳血管疾患・心疾患とするものとなっているようです。私の場合、心膜炎で死に掛けたのですが、そのまま「無菌性心膜炎」で死に至っていたら過労死だが、成人スティル病という自己免疫疾患(膠原病)の一つの症状の心膜炎ということだと、過労死とは認定されないのかもしれません。自己免疫性心膜炎が死因ということだと、微秒ですね。福岡逓信病院の病気のプロファイルのNo.43には成人スティル病の発症前に精神的ないしは肉体的な大きなストレスがあることが報告されているとの記述がありますが、過労死しけるような職場の環境であっても、「それによって破壊されたのは免疫機構であり、脳血管系や心臓の系統でない」となれば、過労死にはならないのだろうか? 疑問が沸きました。

しかし、労働局に「組織の方針には口出しできません。パワハラとしてなら仲裁に入れます。」との対応をされてことのある私にとって、このようなシンポジウムが開催されることは大きな前進です。労働基準局が後援にはいっていることは、大変こころ強いことでした。更に発展させて下さい。