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将棋のソフト不正使用疑惑

将棋 社会

2016年12月29日。

将棋の三浦弘行九段のソフト不正使用疑惑が晴れたと。どの記事をあげるのが適当かわかりません。例えばこれ「元の状態に戻して欲しい」というのは、涙が出るほどわかる。

シナリオに従った結果に終らなくて、本当によかった。まだ、この社会にも健全性が残っている。例えば、ソフトの不正使用の証拠はなかったが、それは不正使用を完遂する技量がなかっただけなので、不正とみなす(例えば、トイレでスマホを使ったが、ソフトを巣不正使用するソフトウエアの整備ができでなかった、とか)。

不正を認定するシナリオが書かれていても当然だと考えられるのは、不正が行われなくても、三浦九段一人にかぶせてことの収集を図った方が「シンプル」だから。もちろん、日本将棋連盟が自らを守るためにシナリオ通りにことを運ぶ、という図式もあるだろう。柔道などが、疑惑に対してそのようなスポーツマンシップや武道精神に反するやり方をしたことがあるのに対し、スポーツマンシップのようなものが感じられる。棋士道というのだろうか。

日本将棋連盟は、三浦九段に対して、精一杯の現状復帰を講じなければならない。民法では損害賠償の時効は3年で、それを過ぎれば損害賠償は生じず、現状復帰義務だけが残る。完全な現状復帰ができるはずはないので、損害賠償で補えるうちに示談にするべきだろう。

もちろん、混乱を避けるために竜王戦の挑戦者を変更し、三浦九段を出場停止にしたこと事態は責めてはいけないでしょう。これは、大学の例では、試験中に紛らわしい行為をしたら試験を中止することが宣言してあるので、試験を中止して調査を行う措置になった、と言うのと同じ。他の学生を守るための事務処理であって、それ自体が懲罰ではない。他の棋士を守るためにやむを得ないというのはわかる。しかし、そのために一人の学生が人生に取り返しの付かないダメージを負ってしまう、一棋士人生に甚大なダメージを与えた、というのを放っておいていいものではない。正規の手続きで逮捕され拘留された人が裁判で無罪になったら、正規の手続きを行った者の責は問わず、逮捕拘留に対する保障は行うのでしょう。