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「働かざる者食うべからず」を禁句にしたい

2015年12月9日。

我が家の小皇帝の誕生日だとの認識だったが、12/9は皇太子妃の誕生日なんですね。

皇太子妃の誕生日の記事に対して、「仕事は休んでも会食やショッピングは行けるんですね」という嫌味がいまだにありますね。もちろん、適応障害が認知されていなかったころは、そんな「無知を武器にする」ことを知らずにやってしまうのは仕方なかったでしょう。今は、「あんた、それは無知を武器にする行動そのものや」ですよ。

私も適応障害なので、明確に反撃できます。心膜炎で死に掛けに至る半年前に精神科の通院は中止になっています。それまで7年に渡る地獄でした。適応障害に特徴的なのは、絶望感です。更に、「うつ状態」の明確な原因が特定できることが一つの診断基準になります。「◯◯は休んで、●●はできるのか?」と言うのは、如何にも浅はかです。どうしても絶望感に襲われて、何もできないのがあるのです。過度の飲酒を典型例に、問題行動が伴います。非常にアンバランスですが、絶望感を払しょくするためには、どうしてもこの行動を起こしてしまうとか、衝動的に動いてしまうとかってのはあるんです。おそらく私は「あんた、なんであんなペースで論文の執筆ができるのに、業績リストの枠を埋めるのにそんなに手間取るの?」って印象を持たれていると思います。一つは膠原病には関節リウマチの症状が伴うことがあり、枠内に埋めるのに困難があることがあります。LaTeXでの論文執筆は出来てしまうんです。それ以外に一番の大きいのは、ここコンテキストで書けば、絶望感から開放されるんです。論文執筆は、私の様な大学教員に取って自己実現そのものなんです。

この適応障害の診断よりも数年前にも授業で酷い仕打ちがあり、それに対しても最悪の対応をされ、酷いうつ状態になりました。1週間の間一睡もできない状態もありました。その時には、大学の保健管理センターの精神科医の先生から半年間授業を休むことを言われそうしましたが、「好きな研究だけをして下さい」でした。

ここまで書いたことは、「教育・管理という仕事ができなくて、研究という仕事はできるという例は、どちらも仕事」と言われそうですね。本当の反論に入りますよ。働いていない子どもだってストレスはあります。働けない病人だってストレスはあります。そういう人はストレスの解消はするなって事になってしまいますよ。

更に、この「働かざる者食うべからず」の雰囲気に反論しておく。「働かざる者食うべからず」自体が優生主義の雰囲気丸出し。働けない病人は、ストレスためて死んでしまえ、って取れますよ。